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ほとり日記

2017年1月からの日記

甘いものばかり食べている

夜中、暑すぎて口が渇いているらしく、ひどくむせて目がさめる。毛布をはぎ、口の中が落ち着くのを待って再び眠る。

七時過ぎに起床。夫と自分の弁当を詰める。朝食は昨日の残りの杏仁豆腐。

昨日のパーティーのお礼を、幹事の方に伝える。

宮沢章夫のラジオを聞きながら、洗濯機を二回まわす。演歌とフォークの話がおもしろかった。小腹が空いたので、カフェインレスコーヒーを淹れて、冷凍庫のスコーンを温め、イチジクのジャムをのせて食べる。

冷蔵庫の低い音がいつもより気になる。そろそろ疲れの影響がでてもおかしくない頃合いなので、念のため耳の薬を飲み、会社に持っていく分も用意した。

出社して、会議やいくつかのアポの他に、臨時のやや重めの来社や電話が相次ぎ、まともに休憩をする時間がとれない。細切れで昼休憩をとり、終業時間近くになってやっと席に落ち着く。隣の席の同僚に、今日ずっとなんかやってましたよね、と声をかけられて、ほんとだね、ここにいなかったよね、と話す。

午後から頭痛がひどくなる。週の始まりからこれか。

地元の駅で夫と待ち合わせ、コンビニで夕飯にサラダ、かつ丼、おやつのお団子を買って帰る。かつ丼や親子丼の容器がよくできていることに毎回感心するが、今日も感心する。

帰属する場所と人生の豊かさ

六時半過ぎ、暑さのためかわけのわからない夢を見て目がさめる。また電気毛布をつけたまま寝てしまったせいだ。電気毛布を切って再び眠る。

九時すぎに起床。昨日、職場近くのおいしいパン屋で買ってきたバゲット、買い置きの鯖フィレ、作り置きのにんじんのラペでサンドイッチを作る。久しぶりに豆を挽いてコーヒーを淹れた。

昼過ぎ、大学時代の研究会の先生の定年退職パーティーへ。十数年ぶりに会う人もいたが、すぐに当時のような気安さで話す。先生の研究分野をよく知らずに学生時代を過ごしていたなと思う。一度だけ一緒に遊園地再生事業団の芝居を観に行ったり(芝居もだけど、劇場まで歩いて街を見たこと、近場の飲み屋でたくさん話したことも印象深い)、ゲストスピーカーとして授業で話す機会を何回かもらったり、卒業してからの方が近しく感じたような気がする。

先生の挨拶の中で、「高校卒業のときに先生が”帰属する場所が多いほど、人生が豊かになるよ”と言っていたのだけど、そこに戻ってきたなあと思う」という話があった。私にはそういう場所はどれだけあるだろうか。

大人数の集まりがあまり好きではないので、行くまでは、最後までいられるかなと心配していたのに、気づけば最後まで楽しく過ごしていた。先生の話を聞いたり、研究会で一緒だった人たちと話して、愉快で新鮮な気分を味わった。

終了時、一人一人に手渡された手みやげと一緒に、最終講義の書き起しの冊子をもらう。このようなものが準備されていると思わず、家まで待ちきれずに帰りの電車の中で読み始める。今の自分の仕事と関わりのありそうなキーワードがいくつか目にとまる。こんなところでつながっていたのか。今の仕事も、研究会の活動の中で考えていたこととかなり近いものでもある。どこでどうつながるかわからない。

家に帰り、じっくりと冊子を読む。先生とゆっくりと話がしたくなり、数年ぶりにメールを送った。

六年前の今日のことは去年の今日のことよりも覚えている

二時過ぎ、六時過ぎに目がさめる。昨日買った漫画『BLUE GIANT』を布団の中で読む。

九時前に起きて朝食にする。白米、みそ汁、納豆卵、海苔、生姜の酢漬け、人参のラペ、もやし塩ゆで、豚肉と玉ねぎの生姜焼き。米に生姜の酢漬けをのせて海苔で巻くのがおいしい。

ラジオの中継で、六年前の今日何をしていたかを一般の人に聞いていた。「去年の今日のことは覚えてなくても、六年前のことは覚えてるでしょ?」というのを聞き、たしかにそうだなと思いあたる。

私は職場にいて、金曜日の会議中だった。奥まった狭い会議室にほぼ全員がいて、たまたま関西からきていた社長の「この建物はまずいからすぐ外へ」という呼びかけで全員外に出たのだった。阪神淡路大震災の経験から、この構造の建物は危ないと言っていた。避難場所になっている小学校に皆で移動してラジオを聞き、しばらくしてから当時わりと近くに勤めていた夫と途中で合流して歩いて帰った。津波のことは何も知らずに歩いていた。

建物の外に出て、経験したことのない揺れに空を見上げたら、真っ青だったこともよく覚えている。

昼から出社。午後の来客の準備をする。

 夜の月例のイベントは盛況に終わり、楽しくも疲れた。

週明けの仕事の準備や、スケジュール調整をして帰る。遅くなってしまったが、外出先の夫と合流し、昨日行けなかった店で食事をして帰宅。二駅分歩く。沈丁花の香りが甘い。

二週目が終わりゆく

何度か、寒くてうっすら起きかけた。暑くて汗をかいたあとのような寒さだった気もする。寝汗をかいていたのかもしれない。さびしくてたまらないきもちになる夢を見て目がさめる。六時を過ぎたところ。ワンピースを作りたいなと思い、ネットで型紙を探しながら布団の中にいた。七時過ぎ、起きて朝食と弁当のしたくをする。

夫を送り出したあと、洗濯をしながらニットワンピースの毛玉をはさみでつまむ。高橋源一郎のラジオでECDの曲が流れた。来週は植本一子『家族最後の日』が紹介されるという。

定刻に出発。用事を一件終えてから職場へ。予定していた来客が、まったく予想してない方向によい結果となる。

一日が瞬く間に過ぎる。先週は互いに声をかけあう余裕もなかったが、今日は「みんな生きてるか」とおどけられるくらいには余裕があったと思う。少しずつペースをつかみつつあるというところだろうか。

明日も仕事だけれど、昼から出ればいいので、帰りに夫と待ち合わせて夕食を食べることにする。以前住んでいた駅の近くを歩くが二軒続けて満員で、結局二駅分歩いてピザを食べた。

夫に教えられた中川淳一郎の長い記事を読む。駆られるようにして書いたような記事を一気に読んだ。

空高く、明るい月が見えた。

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混沌の朝、口笛の夜

七時。早いシフトのスタッフから電話あり。寝坊したので八時半の到着になるという。私が行くことにする。他の同僚など、いくつか連絡をして出発。今朝炊くつもりで研いで水につけておいた米はそのままにし、夫の弁当はなしとする。

八時に出社。朝の業務だけ先にやりつつ、社内のネットが昨日から繋がっていなかったらしいことに気づく。固定電話も使えない。カスタマーサポートの営業時間まで待って、朝の業務と並行して問合せ。結局、ケーブルの中継点の接続が悪かったことが原因だった。深刻な理由でなくてよかったけど、拍子抜けする。

同僚たちが出社。朝の顛末を話し、ケーブル類の整理に手をつける。配線を一部変え、不要になったケーブルや機器をとりのぞく。もろもろかたづいたことでスペースが生まれ、充実感を味わう。その間、救急搬送の連絡が入ってそちらの対応を同僚に依頼したりして、朝から慌ただしかった。

午前に予定していた会議が一つなくなる。リスケの連絡のついでに、別の会議の相談をする。ほぼ答えが出ていたことに整理をつけることができた。

夕方、会議。伝えたいことをきちんと伝えられたし、疑念に思っていたことは真意を聞けたし、思っていたよりもずっといい時間にできた。

帰りがけ、気になっていた小さなことが立て続けに解決し、すっきりした気分で隣の駅まで歩く。

いい気分でいつもより早めの帰宅。朝炊けなかった米を炊き、冷蔵庫の作りおきのおかず三種とレトルトのみそ汁とで夕飯にする。色どりのいい夕食になった。

湯船に浸かりながら口笛を吹く。思ったような音程にならない。こどもの頃から口笛が得意だったのだけれど、舌の手術をしてからは下手になった。

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反芻してもあまりいいことはない

六時過ぎに目がさめる。土井善晴に手をつながれる、みたいなおかしな夢を見ていた。そういえば昨夜だったか、夫と話してて、何かの話題でものすごく意外なタイミングで土井善晴の名前が出てきたのだった。そのせいか、と午後になって思いあたった。七時半前に布団から出て夫の弁当を詰めて、送り出す。

お茶を淹れて、スリッパを洗濯機で洗う。今日は私は休みなので、昨日休みだった同僚に引継ぎの電話をする。昨日起きたいろいろなことを反芻する。

ぬか床にキャベツの芯を漬ける。今、うちのぬか床にはキャベツの芯しか漬かっていない。

朝食にする。玄米、ゆかり、ごま、豚肉とじゃがいもの炒め物、ほうれん草のナムル、ゆで卵。

新聞を読んで外出。「雨の日は会えない、晴れた日は君を思う」を観にいく。

映画館に着いた時点で既に眠く、前半かなりの時間をうつらうつらしてしまった。もうこの寝不足を解消するまでは映画館に行くべきではないと言い聞かせる。起きていた限りでは、次に何が起こるのかわからないストーリーで(寝たせいはあるがそれにしてもだ)、役者たちが真に迫るというのか、難しい役ばかりだと思うけどそれぞれの役が切実に感じられた。

スタバに入る。とても混んでいる。ドリップコーヒーとシュガードーナツを頼む。朝の引継ぎの電話のせいもあるのだろうけれど、昨日のいろいろなことが頭から追い出せず、手帳に書きつける。整理をつけたい。

もってきた『家族最後の日』の続きを一気に読み終える。序盤、次々と見舞客を受け入れることが印象深い。まだがんだとわかってない時点で、本格的な治療が始まる前だからというのもあるだろうし、仕事柄もあるのだろうけど、オープンな人間関係を築いているのだな。

私が入院するときに、夫と見舞いのことを話した。私はもともと来てほしい人にしか来てほしくなくて、今回については、夫以外には来てほしいと思う人がいなかった。夫だけに来てほしい、ということではなく、病気の種類、進行度から考えて、他の家族も含めて誰かに来てもらう必要を感じなかったし、受け入れる余裕もなかった、ということなのだけれど。

対して夫は、もし自分が同じ状況になったら、見舞いに来てもらっても別にいい、と言っていた。私よりも屈託なく人付き合いができる彼らしいと思ったのだった。

医師からがんの告知を受ける場面の、突如「進行癌」の文字を目にするところの、あっ、と思う感じがリアルだった。周囲の人の反応を吟味してしまう感じもよくわかる。

夕方、みてみたかった雑貨屋に寄る。

一駅前で降りて、野菜や肉などを買って歩いて帰る。

今日も寒かった。週末に買ったシャツワンピースでも着て気分を変えたかったけど、寒すぎた。あたたかい春が待ち遠しくて、スニーカーがほしい気分が高まっている。

一生に一回しかきれないカード

なにかの夢を見て、目が覚めたら四時半前。深呼吸をしてみたり、眠ろうとしても眠れない。六時近くなり、あきらめて布団から出ようかとも思うが、夫を起こしてしまいそうなのでやめて目を閉じる。七時になったので本格的に起きて、洗濯機を回す。

麦茶を煮出して、夫の弁当を詰める。千切りにしなかったキャベツの芯をぬか床につける。数日前のはまだ浅そうだ。古漬けにして豚肉と炒めるのを楽しみにしている。

週末に煮た小豆を、一食分だけ残して、小分けにして冷凍する。前回よりもつやよく仕上がっていて嬉しい。

夫を送り出したあと、朝食。昨日作った豚肉とじゃがいもの炒め物、ほうれん草のナムル、週末に作った人参のサラダ、ヨーグルト、バナナ。

録画してあった番組を見ながら20分くらいテーブルに突っ伏して寝ていた。

正月にもらったトックの残りを解凍してゆでて、煮小豆でおしるこにする。

植本一子『家族最後の日』の続きを読む。著者の夫である「石田さん」の癌の話の部分を読んだ夫が、自分たちのことを思い出す、と言っていたが、ここまでのところでは私は重ねて思い出すことはほとんどなかった。この本は癌患者の配偶者の視点で書かれているのだから、夫と私とで感想が違うのは当然だと思う。病気が見つかった状況も進行度も、いろいろ違うしな。ただ、大きな病気が見つかると家族も大変だということはよくわかる。うちの場合は逆でなくて本当によかったと思う。

出社した夫から、大変だ、今日はサウナの日だ、としらせ。「満37歳の方とそのお連れ様は無料」らしい。今日のこの日しか使えない、寝不足かつ明日休みの私のためのような特典だ。仕事帰りに二人で行くことにした。俄然うれしくなる。お手柄だ。

SNSで流れてきた「国際女性デー」関連の記事をいくつか読む。大昔、たぶん10代前半から、もっと前からかもしれないけど、父に本気で「お前は男に嫌われる」と何度か言われた。頻繁にではないけど、憎らしさが頂点に達したタイミングで悪しざまに言い放つ感じが、「この人は本気で言っているなあ」とわかるものだったのでよく覚えている。言われるきっかけは、父に生意気な口を聞いたとかそんなものなのだった。当時は「は、それで」みたいな気分もあったけど、瞬間的にではあれ憎たらしく思われてる感じと、その言葉えらびが嫌だった。父の特性を考えると、衝動的にああいうことばを投げつけてしまうことは十分ありうるけど、だめな発言だと思う。

昼前には家を出る予定だったけれど、直行する用事を一つ減らして、午後出ることにする。

予定より早く職場に戻ると、腹の立つこと、悲しくなること、いらだつこと、あれこれと起きてキャパがぱんぱんになる。私自身の対応に余裕がなくなるし、上司の変な対応にもいらだつし、いいことがない。人がいない日にこういうことになりがちだ。

夫と待ち合わせてサウナへ。場末感がすごい。帰りに定食屋で夕食。昼食を食べていなかったことに気づく。