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ほとり日記

2017年1月からの日記

「中動態」のとば口に立つ

今朝もどうにもだるく、9時前まで布団から出られない。睡眠時間は十分に取れているのに、疲れが残り、毎日蓄積されているような感覚。

職場から隣の駅まで歩いて帰っているのだけれど、その距離をのばすとか、運動の強度をあげるとかして、もっと体を疲れさせるべきなのか。体力がないのか。連休明けからずっとこんな感じなので、精神的なもののようにも思われる。

おとといから解凍してあったさんまの糠漬けをようやく焼き、洗濯機を回す。キャベツの千切りに玉ねぎのドレッシングをかけたものとさんまの糠漬けの端っこで朝食にする。

30分くらい遅れて出社。私が遅れたために、同僚が仕事を代わってくれていた。立て込んでいるのに申し訳ないことをした。

今日も弁当を持っていないので、昼食に出る。外食はお金がかかるうえに、続くと満足感が得られない気がしてくる。

よく行くコーヒーチェーン店が混んでいるので、別の店へ。読みかけの『中動態の世界 意志と責任の考古学』(國分功一郎/医学書院)を読み進める。当然のようにそれ以外はないものとして捉えていた「能動態」と「受動態」の対立が普遍的な区別ではないこと、かつては「中動態」という態が能動態と対立するものであったこと、を示す記述に目を留める。他のものを教わらなければ、他のものがある可能性すら考えずに進んでしまう。現に私がそうだ。「中動態」の存在を知ることは、私にどんな影響をもたらすのだろう。

終業間際の時間帯、無意識の行動から、自分の中の「おばちゃん」的なものが露わになる。もうこれは否定しようがない、と目撃した同僚たちと笑う。 私以外は今週末の山場に向けて忙しい時期なのに、ひたすらばかな話をして笑った。