ほとり日記

2017年1月からの日記

断片的なものが積み重なった世界

今朝もだるく、ラジオをつけたままうとうとして、9時半まで布団から出られない。窓の外からは雨音がする。わりと降っているらしい。

浴槽にぬるめの湯を張る。顔を丁寧に洗ってさっぱりする。風呂からあがっても体のだるさと腰のあたりから太ももの裏にかけての張りがとれないが、ストレッチをする時間もない。

駅までの道、今朝もつばめの親鳥が電線の上でじっとしている。雨に濡れてぼさぼさなんじゃないかと思って見上げると、案外、あのくっきりとした輪郭はそのままだ。羽の油のせいだろうか。巣をのぞくと4羽のひなが、声を出さずにくちばしを目一杯開いて頭を並べていた。餌待ち中なのか、ただの習性なのか。

ラジオを聴きながら電車に乗る。高橋源一郎の番組のゲストが岸政彦。話を聞いていると、誰にも「断片的な」光景はいくつもあるものだろうと思う。生きている時間はそういうものの積み重ねでできているようにすら思われる。今この瞬間の心持ちをことばにしておきたいと思っても、いつもするすると忘れ去ってしまう。そのときにメモすればいいのかな。できたことないけど。

出社。会議をするのだが、体調がぱっとしない人の雰囲気にもっていかれてるのか、時間のわりにあまり話が進まない。

私からは昨日のできごとについて、事実と見立ての共有。場の力を信じられるというのが私にとっては大きな力になっている。

遅めの昼食に出たついでに、夜の宴会の買い出し。昼食を食べながら、鍼灸院で借りてきた『永い言い訳』(西川美和)読了。映画を観るような感覚で読んだ。子どものようすの細かな描写がうまい。終盤、立派じゃない人間だからこそ差し伸べられる手、というものについて、長く一緒に働いた同僚のことを思い出す。

夕方、仕事と宴会の準備。アボカドとベーコンの炊き込みご飯をしかけて、トマト鍋やサラダの準備を他の人に頼む。

非番の同僚も到着し、宴会が始まる。職場というよりは、合宿所のような雰囲気で各自好きなものを好きなだけ食べる。 23時になり、そろそろかたづけ。私は明日も仕事でつらいとこぼしながら。

帰りの電車は混んでいた。乗り換え駅の階段を降りていると、前方で破裂音。茶色い液体が散っている。液体がズボンの裾にかかった男性が、すぐには理解できなかったのだろう、上を見上げたりしている。いたずらかと一瞬思ったが、そのすぐうしろを降りていた女性の紙袋から瓶ビールが抜け落ちたらしい。気の毒に。テロもこんな感じで一瞬のうちに吹き飛ぶのだろうか。