ほとり日記

2017年1月からの日記

目に見えないものへの慎重さ

9時過ぎに目がさめるが、まったく起きられない。全身がだるい。

11時近くなり、なんとか起きて朝食。三分づきの米、納豆、梅干し、新しょうがの薄塩漬け、キャベツときゅうりのサラダ。

夫に洗濯、風呂の排水溝とトイレの掃除を頼む。私は洗濯物をたたみ、自分の布団を干す。

午後、実家へ。母と私の調髪のため。

日差しが強い。つばめの巣がある家の車庫で、子ども3人がプール遊び。ホースで水をかけあっている。

子どもの頃、家の外の水道に長いホースがつながっていて、夏になると父と水浴びをしたことを思い出した。近くを通る近所の人の目を気にしつつも、冷たい水をかけあって、きゃあきゃあと声をあげて遊んだ。遊んでいる途中、母の美容室で水を使うとこちらの水圧が落ちる。当然、逆もあったはず。母はどう思っていたのだろう。案外悪くは思っていなさそうな気がする。

駅の階段で、ベビーカーをもって階段をあがるのを手伝う。どこをどうもったらいいか聞いて、短い階段をあがる。せいぜい20-30段だろうけれど、汗が吹き出る。

実家の最寄駅のスーパーで、母に頼まれた食料品の買い物。ジュースを買った小学生男子が、隣のセルフレジでお金が足りないとぶつぶつ言っている。計算の時点でちょっと心もとない感じなのが気になっていたので、寄ってきた店員のおばちゃんたちに混じって、「さっきお金もってたよね」「袋に入っちゃってるのかもよ」と声をかける。袋から10円玉が出てきた。「こんなところにあったとは」と言い、精算が済むと駆け出していった。

実家に到着すると古いお客さんが2人。短い会話をして奥の部屋に入る。しばらく終わらなさそうだし、疲れがたまっているので眠ることにした。2時間ほど眠る。

母の仕事が終わったのが18:30。どう考えてもこれから母のパーマ、カット、カラーをやって、私のカットを終えるのは無理なので、泊まることにする。

近所のなじみの中華料理屋で夕食を済ませ、21時前から母のパーマ開始。合間に換気扇、ガス台、五徳、浴室の掃除、洗濯をはさみ、0:30頃すべて終了。

手を動かしながら、最近、知り合いと交わした会話を反芻していた。今まで何度か話したことがあって、素敵な人だなと思うのだけれど、その人と長く話すといつも少しだけ違和感が残る。一方で、最近読んだ本の著者の生活ぶり、考え方にはわりと共感を覚える。

この違和感と共感の境い目は、見えないものへの慎重さの度合いの差のように思われた。目に見えるものがすべてとは全然思わないのだけれど、目に見えないものを簡単には信じるのは危なっかしい気がする。