ほとり日記

2017年1月からの日記

なるべく先延ばしにしたいこと

昨夜早めに寝たのでいつもよりすっきり起きることができた。

しっかりめの朝食をとり、いつもの時間に出発。午前中なのにもう暑い。

通勤途中、稲垣えみ子『寂しい生活』を読む。おひつで保存したごはんがあまりにおいしそうに書かれていて、おひつを買いたくなる。毎食米を食べるわけでもなし、弁当用の米の保存も考えると、あっても仕方ないように思われ、思いとどまる。なるべく食べ物や物を溜め込まないようにと思っているが、溜め込んでしまうものもあるなあ。

今日は来客もないので、時間のかかる作業をやるつもりでいたのに、来客があったり、会議が入ったりで、目論見が外れる。作業自体も思っていた以上に時間がかかり、1人残る。

人が少ないのに仕事は増える。明日は早いシフトなので早く帰りたかったのだが、いろいろ重なっている時期なので仕方がない。

週末の来客のメニューを考える。狭い家なのに大人が7人も集まることになった。私はほぼ初対面の人ばかり。アボカドとベーコンの炊き込みご飯、豆と麦のサラダ、できたらピザ、スープかポタージュあたりを作ろうか。簡単で楽しい気分になるものがいい。他の食べ物、飲み物は持ってきてもらう。

昨日の帰省のことを考える。父とはほとんどことばを交わさなかった。耳がほとんど聞こえないので、音声でのコミュニケーションが困難になってきているというのも大きい。けれどそれ以上に、父が年老いて、私の理解できない域に入りつつあるかもしれないという実感と怖さが父から私を遠ざけているように思う。これが他人だったら、もっと気楽に優しくできるのだが。結局のところ、親が年をとることを受け入れられていないのだと思う。親が死ぬことも怖くてたまらないが。人類の多くが経験していることなのだから、仕方ないのだけれど、できるだけ先延ばしにしたい。

家に帰り、遅い夕飯を食べていたら母から電話。小学校にあがるかどうか、くらいの頃から診てもらっていた実家近くの先生が亡くなったとのこと。昨日、母と先生のことを話していたのだった。明日通夜だそう。ちょうど早出なので行くことにする。

私が結婚して家を出てからもいつも気にかけてくれて、どういうわけかほかの患者にまで私のことを自慢していたらしい。優しくて好きな先生だった。

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